横浜地方裁判所 平成5年(わ)291号 判決 1993年9月21日
主文
被告人A及び被告人Bをそれぞれ懲役二年及び罰金三〇〇万円に、被告人Cを懲役一年六月に処する。
被告人A及び被告人Bにおいてその罰金を完納することができないときは、それぞれ金五〇〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。
この裁判の確定した日から、被告人A及び被告人Bに対し四年間、被告人Cに対し三年間、それぞれの懲役刑の執行を猶予する。
理由
(犯行に至る経緯など)
被告人Aは、大学卒業後、甲党の職員となり長らく参議院議員の秘書を務めた後、昭和六二年四月に行なわれた横浜市議会議員選挙に甲党から立候補して当選し、平成五年一月二一日に辞職するまで二期連続して横浜市議会議員の職にあった。
被告人Bは、会計事務所などに勤務する傍ら税理士試験を受けていたが、合格しないまま東京都内に事務所を持ち、昭和六三年ころから東京都中野区<番地略>所在の○○○一〇六号室において、税理士と称して税務に関する業務を行なう一方、平成三年からは東京都大田区<番地略>江上ビル二階で貴金属販売業を営む株式会社丙商会の役員をしていた。
被告人Cは、昭和四五年にそれまで勤めていた会社を退職し、計測器部品組み立ての仕事を始めたが事業が振るわず、昭和五〇年以降は貨物の運送を目的とする株式会社を設立して業績を伸ばす傍ら、地元恩田地区の自治連合会や交通安全協会などの役員を引き受け、地域活動にも積極的に参加していた。
ところで、被告人Aは、平成元年一二月ころ、たまたま、同僚議員らとの会食の席で政治献金が話題になった際、献金者に損をかけずにたやすく資金を集められる抜け道があると聞かされたが、その方法は、政治献金の受け皿として政治家個人の名前のつかない複数の後援団体をつくり、個々の献金者について、実際の献金額を超える法定の限度額いっぱいの寄附を受けた旨の虚偽の報告をすることによって選挙管理委員会からその旨の証明書の交付を受け、これを利用して所得税の還付を受ければ、献金者に損をさせずに献金を集めることができる、というものであった。
その後被告人Aは、来るべき平成三年の市議会議員選挙に向けての選挙資金づくりや議員としての日ごろの交際費をねん出する必要に迫られるにつれ、たやすく資金を調達できて支持者も確実に増やせる右のような方法を実行しようと次第に考えるようになった。
そこで、被告人Aは、平成二年六月ころ、議員秘書当時から陳情などを通じて親しくなった被告人Bに右の方法を説明して協力を求め、既にあった政治団体「A後援会」のほかに新たな後援団体を設立し、右の方法に従った会計処理をしてほしいと頼んだ。被告人Bは右の依頼を承諾し、同年七月ころ、同被告人を会計責任者とする政治団体「政研クラブ」を設立した。被告人Aは、次いで、同年九月ころ、陳情や相談などを通じて知り合った被告人Cに対しても前記の方法を説明した上、寄附名義人となってくれる人を集めてくれないかと頼んだ。被告人Cも右の依頼を承諾し、会社の従業員や知人らに声をかけて寄附名義人を募ることとなった。その後、より多くの寄附金を集めるため、被告人Bと被告人Cは、平成二年一二月ころ、その受け皿として実体のない政治団体「市政研究会」を、さらに、平成三年一二月ころには同様の政治団体「清明会」を設立し、これら四団体について、被告人Bは専ら収支報告書の作成などの会計業務を、被告人Cは寄附名義人を集めたり、還付金の一部を受け入れるなどの業務を分担し、不正な手段により税金の還付を受ける方法により政治資金を集めるようになった。
(犯罪事実)
第一 (政治資金規正法違反)
被告人三名は、共謀の上、横浜市中区日本大通一番地所在の神奈川県選挙管理委員会に提出する前記四団体の収支報告書に、これら四団体に対する寄附はないのにあったように虚偽の記入をしようと企て
一 同選挙管理委員会に提出する平成二年分の「政研クラブ」、「市政研究会」及び「A後援会」の各収支報告書を作成提出するにあたり
1 平成三年二月上旬ころ、前記○○○一〇六号室において、別紙一覧表一記載のとおり、「政研クラブ」の収支報告書の収入項目寄附の内訳欄に、実際には、同表の寄附名義人欄記載のX1ほか五名からの寄附はなかったのに、平成二年八月一一日から同年一〇月二八日までの間、前後六回にわたり、同人らから、同表寄附名目額欄記載のとおり、各一五〇万円の寄附があった旨虚偽の記入をし、これを平成三年二月八日、前記神奈川県選挙管理委員会に提出した。
2 平成三年二月上旬ころ、右○○○一〇六号室において、別紙一覧表二記載のとおり、「市政研究会」の収支報告書の収入項目寄附の内訳欄に、実際には、同表の寄附名義人欄記載のX2ほか一八名からの寄附はなかったのに、平成二年一二月一〇日から同月二五日までの間、前後一九回にわたり、同人らから、同表寄附名目額欄記載のとおり、各一五〇万円の寄附があった旨虚偽の記入をし、これを平成三年二月八日、前記神奈川県選挙管理委員会に提出した。
3 平成三年二月下旬ころ、右○○○一〇六号室において、別紙一覧表三記載のとおり、「A後援会」の収支報告書の収入項目寄附の内訳欄に、実際には、同表寄附名義人欄記載のX3ほか一六名からの寄附はなかったのに、平成二年一月一〇日から同年一二月二五日までの間、前後一七回にわたり、同人らから、同表寄附名目額欄記載のとおり、三〇万円ないし一二〇万円の寄附があった旨虚偽の記入をし、これを平成三年三月一日、前記神奈川県選挙管理委員会に提出した。
二 前記神奈川県選挙管理委員会に提出する平成三年分の「市政研究会」及び「清明会」の各収支報告書を作成提出するにあたり
1 平成四年二月上旬ころ、東京都八王子市<番地略>被告人B方において、別紙一覧表四記載のとおり、「市政研究会」の収支報告書の収入項目寄附の内訳欄に、実際には、同表の寄附名義人欄記載のY1ほか四四名からの寄附はなかったのに、平成三年一月二〇日から同年一二月二〇日までの間、前後四五回にわたり、同人らから、同表寄附名目額欄記載のとおり、一〇〇万円ないし一五〇万円の寄附があった旨虚偽の記入をし、これを平成四年二月一〇日、前記神奈川県選挙管理委員会に提出した。
2 平成四年二月上旬ころ、前記B方において、別紙一覧表五記載のとおり、「清明会」の収支報告書の収入項目寄附の内訳欄に、実際には、同表の寄附名義人欄記載のY2ほか四三名からの寄附はなかったのに、平成三年一二月一三日から同月三一日までの間、前後四四回にわたり、同人らから、同表寄附名目額欄記載のとおり、五〇万円ないし一五〇万円の寄附があった旨虚偽の記入をし、これを平成四年二月一〇日、前記神奈川県選挙管理委員会に提出した。
第二 (所得税法違反)
一 被告人三名は、共謀の上、被告人Cの所得税を免れようと企て、平成二年分と平成三年分の前記各収支報告書中に同被告人を寄附名義人と記載し、前記神奈川県選挙管理委員会から寄附金控除のための書類を入手して、同被告人が所得控除の対象となる特定寄附金を支出したように装って所得の一部を秘匿した上
1 同被告人の平成二年分の正当な所得金額は一三八四万円、これに対する所得税額は三六三万六〇〇〇円、所得税額から納付済みの源泉徴収税額を控除した実際納付税額はマイナス四九万八三円であったにもかかわらず、平成三年二月二五日、横浜市緑区市ヶ尾二二番地三号所在の緑税務署において、同税務署長に対して所得税確定申告をするに際し、架空の寄附金控除金額を計上した上、課税される所得金額は一〇八四万円、これに対する所得税額は二四三万六〇〇〇円、実際納付税額はマイナス一六九万八三円である旨を記載した虚偽過少の所得税確定申告書を提出し、正規の実際納付税額と申告に係る虚偽過少の納付税額との差額一二〇万円を免れ、不正の方法で所得税の脱税をした。
2 同被告人の平成三年分の正当な所得金額は一二八三万七〇〇〇円、これに対する所得税額は三二三万四八〇〇円、所得税額から納付済みの源泉徴収税額を控除した実際納付税額はマイナス八八万二九一四円であったにもかかわらず、平成四年二月二七日、前記緑税務署において、同税務署長に対して所得税確定申告をするに際し、架空の寄附金控除金額を計上した上、課税される所得金額は九八四万七〇〇〇円、これに対する所得税額は二〇五万四一〇〇円、実際納付税額はマイナス二〇六万三六一四円である旨を記載した虚偽過少の所得税確定申告書を提出し、正規の実際納付税額と申告に係る虚偽過少の納付税額との差額一一八万七〇〇円を免れ、不正の方法で所得税の脱税をした。
二 被告人三名は、別紙一覧表六「納税義務者」欄記載のZ1ほか二二名と共謀の上、同人ら二三名の各所得税を免れようと企て、前同様に平成二年分の前記各収支報告書に右二三名を寄附名義人と記載し、前記神奈川県選挙管理委員会から寄附金控除のための書類を入手し、同人らが所得控除の対象となる特定寄付金を支出したように装って所得の一部を秘匿した上、同人らの平成二年分の正当な所得金額、これに対する所得税額、所得税額から納付済みの源泉徴収税額を控除した実際納付税額は、それぞれ同表「正当税額等『課税される所得金額』、『所得税額』、『納付税額』」各欄記載のとおりであったにもかかわらず、同表「所得税確定申告状況『申告年月日』、『申告書提出税務署』」欄記載のとおり平成三年三月二日から同年三月一八日までの間、前後二三回にわたり、前記緑税務署ほか一〇か所において、各所轄税務署長に対して同人ら二三名の確定申告をするに際し、各人につき、架空の寄付金控除金額を計上した上、課税される所得金額、これに対する所得税額及び実際納付税額はそれぞれ同表「所得税確定申告状況『課税される所得金額』、『所得税額』、『納付税額』」各欄記載のとおりである旨を記載した虚偽過少の所得税確定申告書を提出し、正規の実際納付税額と申告に係る虚偽過少の納付税額との差額合計金九七二万四四四四円(個別の額は同表「ほ脱額」欄各記載のとおり)を免れ、不正の方法で所得税の脱税をした。
三 被告人三名は、別紙一覧表七「納税義務者」欄記載のZ2ほか四三名と共謀の上、同人ら四四名の各所得税を免れようと企て、前同様に平成三年分の前記各収支報告書に右四四名を寄付名義人と記載し、前記神奈川県選挙管理委員会から寄付金控除のための書類を入手し、同人らが所得控除の対象となる特定寄付金を支出したように装って所得の一部を秘匿した上、同人らの平成三年分の正当な所得金額、これに対する所得税額、所得税額から納付済みの源泉徴収税額を控除した実際納付税額は、それぞれ同表「正当税額等『課税される所得金額』、『所得税額』、『納付税額』」各欄記載のとおりであったにもかかわらず、同表「所得税確定申告状況『申告年月日』、『申告書提出税務署』」欄記載のとおり、平成四年二月一三日から同年三月一六日までの間、前後四四回にわたり横浜市神奈川区栄町八番地六号所在の神奈川税務署ほか一八か所において、各所轄税務署長に対して同人ら四四名の確定申告をするに際し、各人につき、架空の寄附金控除金額を計上した上、課税される所得金額、これに対する所得税額及び実際納付税額はそれぞれ同表「所得税確定申告状況『課税される所得金額』、『所得税額』、『納付税額』」各欄記載のとおりである旨を記載した虚偽過少の所得税確定申告書を提出し、正規の実際納付税額と申告に係る虚偽過少の納付税額との差額合計金二一〇八万二九六五円(個別の額は同表「ほ脱額」欄各記載のとおり)を免れ、不正の方法で所得税の脱税をした。
第三 (政治資金規正法違反)
被告人A及び同Bの両名は、共謀の上、平成二年分の「A後援会」及び「政研クラブ」の各収支報告書に架空の寄附金による収入を記入したことから同報告書上多額の繰越金が生じたため、これに見合う額の虚偽の支出を記入して平成三年分の各報告書を作成した上、前記神奈川県選挙管理委員会に提出しようと企て、平成四年三月二六日、前記神奈川県選挙管理委員会において、「A後援会」の収支報告書の支出項目政治活動費の内訳欄に、実際には、乙社に対して印刷代金を支払った事実はないのに、平成三年六月三日、同社に対し、印刷代として四八八万六二一四円を支払った旨虚偽の記入をし、同様に、「政研クラブ」の収支報告書の支出項目政治活動費の内訳欄に、実際には、右乙社に対して印刷代金を支払った事実はないのに、平成三年五月三一日、同社に対し、印刷代として二九一万三八七五円を支出した旨虚偽の記入をし、内容虚偽の各収支報告書を、即日、同選挙管理委員会にそれぞれ提出した。
第四 (私文書偽造・同行使)
被告人A及び同Bの両名は、共謀の上、右第三に記載のあるとおり、内容虚偽の各収支報告書を右選挙管理委員会に提出するに際し、その各収支報告書に添付すべき領収証の写しを偽造して提出行使しようと企て、平成四年一月二九日ころ、被告人Bにおいて、前記株式会社丙商会事務所において、同社の取引先である前記乙社の社印のある領収証原本多数を利用して、複写機で宛名欄の「株式会社丙商会」とある部分を空欄とした領収証の写しを作成した上、行使の目的をもって、ほしいままに、平成四年三月二六日、横浜市中区<番地略>所在の横浜関内ビル二階の喫茶店「××」において、右作成に係る領収証のうち、額面四八八万六二一四円の領収証の写し一通の宛名欄に「A後援会」と、額面二九一万三八七五円の領収証の写し一通の宛名欄に「政研クラブ」、発行年月日欄に「平成3年5月31日」とそれぞれボールペンで記入した上、右喫茶店付近の複写機で複写して、前記乙社作成名義のA後援会及び政研クラブ宛の領収証の写し各一通を偽造し、同日、右神奈川県選挙管理委員会において、A後援会及び政研クラブの各収支報告書を提出した際、右偽造に係る各領収証の写しをそれぞれ対応する収支報告書の末尾に添付して、同選挙管理委員会に提出して行使した。
第五 (私文書偽造・同行使及び税理士法違反)
一 被告人Bは、前記第四に記載のとおり、平成四年一月二九日ころ、前記丙商会事務所において、前記乙社及び右丙商会の取引先である丁屋の各社印がある領収証原本多数を利用して、複写機で各宛名欄の「株式会社丙商会」または「(株)丙商会」とある部分を空欄とした領収証の写しを作成した上、行使の目的をもって、ほしいままに、乙社作成名義の領収証の写し五通及び株式会社丁屋作成名義の領収証の写し一通の各宛名欄に「市政研究会」とボールペンで記入し、さらにこれを複写し、別紙一覧表八記載のとおり、乙社及び丁屋各社作成名義の市政研究会宛の領収証の写し合計六通を偽造したのち同年二月一〇日、右神奈川県選挙管理委員会において、平成三年分の市政研究会の収支報告書を提出した際、右偽造に係る六通の領収証の写しを右収支報告書の末尾に添付して、一括して同選挙管理委員会に提出して行使した。
二 被告人Bは税理士の資格がなく、かつ税理士法に別段の定めがある場合でないのに、別紙一覧表九記載のとおり、平成二年二月下旬ころから平成四年二月一一日ころまでの間、前後三三回にわたり、前記○○○一〇六号室ほか一か所において、顧客である有限会社戌ほか二法人、二六個人の求めに応じ、税務書類である法人税確定申告書あるいは所得税確定申告書合計三三通を作成して税理士業務を行った。(証拠)<省略>
(法令の適用)
被告人三名の判示第一の各所為はいずれも刑法六〇条、政治資金規正法二五条一項、一二条一項に、判示第二の各所為はいずれも刑法六〇条、所得税法二三八条一項に、被告人A及び同Bの判示第三の各所為はいずれも刑法六〇条、政治資金規正法二五条一項、一二条一項に、判示第四の各所為中有印私文書偽造の点は刑法六〇条、一五九条一項に、偽造有印私文書行使の点は刑法六〇条、一六一条一項、一五九条一項に、被告人Bの判示第五の一の所為中有印私文書偽造の点は刑法一五九条一項に、偽造有印私文書行使の点は一六一条一項、一五九条一項に、判示第五の二の所為は税理士法五九条、五二条にそれぞれ該当するところ、判示第四の各有印私文書偽造とその各行使との間には、それぞれ手段結果の関係があるので、刑法五四条一項後段、一〇条により一罪として犯情の重い偽造私文書行使の罪の刑で、判示第五の一の偽造有印私文書の一括行使は、一個の行為で六個の罪名に触れる場合であり、有印私文書の各偽造とその各行使の間にはそれぞれ手段結果の関係があるので、刑法五四条一項前段、後段、一〇条により結局以上を一罪として、犯情の最も重い別紙一覧表八の番号3の偽造有印私文書行使罪の刑でそれぞれ処断することとし、各所定刑中判示第一及び第三の各罪について禁錮刑を、判示第二の各罪について被告人A及び同Bについては懲役刑及び罰金刑の併科を、被告人Cについては懲役刑のみを、判示第五の二の罪につき懲役刑をそれぞれ選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、被告人A及び同Bにつき、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により刑及び犯情の最も重い判示第四の罪(「A後援会」宛の領収証に関する)の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条一項によりこれを右懲役刑と併科することとし、同条二項により判示第二の各罪所定の罰金額を合算し、被告人Cにつき同法四七条本文、一〇条により刑及び犯情の最も重い判示第二の二の別紙一覧表七の番号44の罪の刑に法定の加重をし、右各刑期及び金額の範囲内で被告人A及び同Bをそれぞれ懲役二年及び罰金三〇〇万円に、被告人Cを懲役一年六月にそれぞれ処し、被告人A及び同Bにおいてその各罰金を完納することができないときは、同法一八条によりそれぞれ金五〇〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置し、情状により同法二五条一項を適用して、この裁判の確定した日から、被告人A及び同Bに対し四年間、被告人Cに対し三年間、それぞれ右懲役刑の執行を猶予することとする。
(量刑の理由)
本件は、市議会議員であった被告人Aが、政治活動に必要な資金をねん出するため、税務会計事務に詳しい被告人B及び自治会役員などで顔の広い被告人Cと共謀して、実体のない政治団体を設立し、献金の事実を仮装した内容虚偽の収支報告書を作成して選挙管理委員会に提出し、税法上必要な寄附金控除の証明書の交付を受ける方法で所得税確定申告の機会に脱税するとともに、還付金の一部を利得し、さらにその手段として、架空の寄附金額に見合う支出を仮装した内容虚偽の収支報告書を作成した上、これに添付する領収証の写しを偽造して選挙管理委員会に提出行使したという事案である。
これら一連の犯行は、被告人Aが政治家としての立場を忘れ、他の被告人を引き込んだ上、法の運用の盲点をついて実行した計画的で悪質な犯行というべきである。被告人らの行為は、政治の腐敗を防止しようとする法の趣旨を無視し、国民の政治に対する不信感を一層募らせるものであるばかりでなく、いわば国に対する詐欺的ともいうべき方法を用いて脱税を行い、不法の利得を図ったものとして強い非難に値するものである。一人ひとりの脱税額はそれほど多額とは言えないが、被告人らと共謀して税金を逃れた者は、起訴されただけでも延べ六七名の多数に上り、ほ脱税額の合計も三〇〇〇万円を超えるなど、その規模は決して小さいものではない。したがって、本件の犯情は重く、被告人らに対しては、各人の立場に応じた責任が問われなければならない。
そこで、被告人らの情状を個別に見てみると、被告人Aは、専ら利己的動機から、本件の一連の犯行を企て、他の被告人を引き込んで実行させた点で主導的役割を果したものということができる。政治家として市民の信頼を裏切った点でも厳しい非難を免れない上、犯行によって多額の利得を収めている事情なども考慮すると、その責任は被告人らの中では最も重いというべきである。しかし、他方、被告人Aは、本件発覚後責任を痛感して自ら議員を辞職しており、これまで築き上げて来た社会的地位と名誉を一挙に失うなど既に相応の社会的制裁を受けている。また、公判廷の審理を通じて反省の態度が十分認められる。これらの事情に加えて、同被告人が政治資金づくりの必要に迫られていた状況の中で、たまたま、類似の方法で資金を集めているという同僚議員の話を聞いたことが本件犯行を思い立つきっかけとなった事情や、もとより前科、前歴はなく、これまで市議会議員として市民のため積極的に活動してきたことなどの諸点は、同被告人の量刑上考慮に値する事情と考えられる。
被告人Bは、税理士の資格がないのにあるように偽って税理士業務を営んだ上、被告人Aの依頼を受けて、前記四団体の会計上の責任者となり、本件各犯行の全部に関与するなど、中心的立場で一連の犯行を実行したものである。被告人Bの協力なしには本件各犯行の実現はなかったことを考えると、同被告人の責任は被告人Aと同様に重いといわざるをえない。しかし、本件は、もともと被告人Aの政治資金調達のため、同被告人の依頼ないし指示を受けて行われたものである。被告人Bも前科、前歴は全くなく、本件については終始犯行を認めて反省の態度を示している。これらの点は、量刑上被告人Bにとって有利な事情と認められる。
被告人Cは、判示団体の設立や仮装の献金者の獲得などに積極的に関与し、被告人Bと同様本件を実行する上で重要な役割を果していること、多数の寄附名義人となった者を事件に巻き込んだ上、被告人C自身も本件により利得を収めていることなどを考えると、その責任も重いというべきである。しかし、被告人Cも、被告人Aに頼まれて本件に関与したものであり、地元に顔の広い被告人Cが、被告人Aに利用された面もあること、不正に還付を受けた所得税についてはいずれも修正申告の上正規の税額を納め、また、被告人Cが寄附名義人から還付金の一部として受け取った分については、被告人C自身や親族の金などでほとんどの寄附名義人に返還していること、前科、前歴もなく、これまで積極的に地域活動に参加し、地元住民の信頼も厚かったこと、本件について深く反省しており、自分が経営する会社の代表者の地位も辞任し、再出発を決意していることなどの諸点は、量刑上被告人Cにとって有利な事情と認められる。
そこで、以上の被告人らに有利及び不利な事情その他一切の事情を総合考慮し、被告人三名に対しては、それぞれ主文のとおり量刑の上、それぞれ右懲役刑の執行を猶予するのが相当である。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官上田幹夫 裁判官伊藤治 裁判官髙取真理子)
別紙<省略>